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青島神社

神話のふるさとみやざき 温故知新ものがたり ロゴ宮崎県 青島 青島神社の画像

Miyazaki sightseeing photograph collection
AOSHIMA SHINTO SHRINE


青島の位置 [青島神社へのアクセス]
〒889-2162 宮崎県宮崎市青島2丁目13番1号
青島の場所(地図)(Mapfan) 青島付近の天気予報
緯度経度 N=31.48.3.3 E=131.28.39.0(日本地理系)
公共の無料駐車場(閉門時間に注意)(神社まで15分程度)GoogleMap
車の場合
宮崎ICから約15分 / 宮崎空港から約15分 / 宮崎駅から約25分 / 福岡ICから約4時間10分 / 熊本ICから約2時間40分 / 鹿児島ICから約2時間10分
JR利用の場合「青島駅」から徒歩10分
バス利用の場合は青島下車〜徒歩5分
宮崎駅→飫肥または青島方面 約49分 / 山形屋前→飫肥または青島方面 約45分 / 宮交シティ→飫肥または青島方面 約33分 / 宮崎空港→飫肥行き 約23分
青島・青島神社までのバスアクセス → 宮崎交通サイト内ページ
青島神社のバリアフリー情報 → 宮崎県のページ

青島のご来光
青島のご来光(朝日)
青島神社の場所、青島の情報等は 当サイト内 青島のページも参照してください。

島の南中央にある青島神社は 彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、塩筒大神(しおづつのおおかみ)を祀る神社。
彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)は、山幸彦として親しまれており、「海幸彦 山幸彦」の神話は、青島が舞台となっている。

 尚 ほでりのみこと(海幸彦)は日南市北郷町の潮嶽神社に祀られている。

青島神社 正面

青島神社 境内神社 御祭神

古事記編さん1300年 宮崎県 PRポスター 海幸山幸編
青島神社御祭神
 彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)
 豊玉姫命(とよたまひめのみこと)
 塩筒大神(しおづつのおおかみ)

境内神社及び御祭神
海積(わだつみ)神社
 豊玉彦命(とよたまひこのみこと)少彦名命(すくなひこのみこと)
石(いそ)神杜
 彦火瓊瓊杵命(ひこににぎのみこと)磐長姫命(いわながひめのみこと)
 木花咲屋姫命(このはなさくやひめのみこと)
御祖(みおや)神社 
 青島神社氏子神徒の祖霊並に氏子戦病死者の霊を祀る。
元宮 
 青島神社の元宮と伝えられる。元宮跡から、弥生式土器、獣骨等が出土し、古い時代から小飼があり、祭祀が行われたものと推定される。

青島神社 斜め横より青島神社 御由緒


彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)が海宮からお帰りのときのご住居の跡として三神をお祀りしたと伝えられている。
始めてお祀りした年代ははっきりしていないが、
日向土産という国司巡視記に嵯峨天皇の御宇[約1200年前]奉崇青島大明神と書いてあったといわれる。
文縄(室町時代約488年前)以後は藩主伊東家の崇敬が厚く御社殿の改築や境内の保護に万全を尽くされ、
明治以後は国内絶無の熱帯植物繁茂の境内を訪ねる人が多く、縁結び、安産、航海、交通安全の神として益々神威が輝くようになった。
青島神社は昭和49年2月不慮の火災に遭遇、現在の社殿は同年12月に造営したもので、鉄筋コンクリート造りで屋根は銅板葺き。 
本殿は妻入り、拝殿は流れ造りに唐破風をつけている。青い海・空に鮮やかな朱色の社殿が印象的です。

御境内


全島 449.3アール 13,479坪 神社所有地 
昔から霊地として一般の入島は許されず藩の島奉公と神職だけが常に入島し、一般は旧3月16日島開祭から島止祭(同月末日)まで入島を許されていた。
元文2年(269年前)以後入島が自由になった。

昔から聖域として保護されたので植物、岩石が自然のまま残り、大正10年(1952)に植物が、昭和9年5月に岩石が天然記念物に指定され国の保護を受けることになった。 


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 【第二期】(10/01〜12/28)九州ふっこう割ページ
 【第一期】(07/01〜09/30)九州ふっこう割ページ
九州旅行、九州ふっこう割

宮崎県内の宿泊施設(ホテル・旅館・民宿・ペンションなど)の紹介
宮崎県のホテル・旅館・民宿・ペンション






Aoshima ShintoShrine is Dedicated to Hikohohodemi no Mikoto (or *Yamasachi Hiko).to Toyotamahimeno Mikoto.And to Shio
stutsuno ookami. (*Yamasachi Means"Mountain Products"Hiko means"Man".)
The Origin of Aoshima Shrine is Unknown But There Is a Rrecord That People Revered The Shrine as Early As
The Heian Era in The Ninth-Century A.D.
Aoshima Shirine Is Supposed To Give A Drive Blessing. Especially To Those WhoWant To Be Married.


更新情報等



青島のご来光(日の出)(9月撮影)
青島・青島神社 スライド動画作成 Youtubeに動画をアップ (H26/7/16掲載)
青島 青島神社スライド動画 Youtubeへ

■読売巨人軍 青島神社参拝 参道での写真 (H26/2/1撮影)
青島神社特別神事 裸まいり前夜の夜宮(よいみや) 夜神楽奉納祭 (H26/1/13掲載) 
   その 写真66枚 (H26/1/23掲載)

■「Grace of Japan(グレースオブジャパン) 神社百景」 #70「神話の里・宮崎市 〜青島神社、宮崎神宮〜」
 BSJAPAN H25年8月25日(日) 18:00〜19:00  → 番組公式サイト 

■「古事記ガール 日向路を旅する」 (再放送)NHK BSプレミアム 8月21日(水)正午〜13時 
  → 前回放送された時の番組の感想など 
■8/8この「青島神社」ページに写真(ご来光・古事記歌碑・御神木・手水舎・御成道)追加。
■記紀編さん1300年記念サイト内ページに 日向(ひむか)の国 海幸山幸・青島の日の出(神話風写真)作成

■[関連番組情報]列車に乗って RKB毎日放送  8月11日 10:00〜 
  15分のJR九州の旅番組ですが、鵜戸神宮、青島神社が出ますので情報まで。

■7/23 写真を大幅入れ替えました。
 青島神社の「ハート」 ページ作成 
 記紀編さん1300年記念 神話めぐりバスツアー 県南・県西 開始 (土・日・祝)

■古事記編さん1300年記念事業 「浅野温子よみ語り」 が、青島神社能楽殿で開催されました。 

青島神社能楽殿 : 〒889-2162 宮崎市青島2丁目6番33号
 (注)開催場所は青島神社の場所とは違います。地図等→地図 地図 N=31.47.55.0 E=131.28.10.8
 平成24年(2012年)10月21日(日)
 17:00 開場 17:45 オープニングアトラクション開演
 18:30 浅野温子よみ語り 〜 20:00 
 演目
  「海幸彦と山幸彦」(仮題)  → 詳細

日出る国 ひむかの国 宮崎

海幸彦(ウミサチヒコ)と山幸彦(ヤマサチヒコ)

青島神社と海幸山幸の神話は深く関連しているので、このページでも少しご紹介します。
お子様向けには このアニメのページが良いと思います。 → ひむか神話街道サイトより、海幸山幸(外部) 

 記紀(古事記・日本書紀)では、表記が異なります。 (この項目では古事記に準じ書きます。)
 海幸彦 → 古事記:火照命(ホデリ)  日本書紀:火明命(ホアカリ) (第一王子)
 山幸彦 → 古事記:火遠理命(ホオリ) 日本書紀:彦火火出見尊(ヒコホホデミ) (第三王子)

火照命(ホデリノミコト)= 海幸彦は漁師として海のさまざまな魚をとり、
火遠理命(ホオリノミコト)= 山幸彦は、猟師として山にいる大小さまざまな獣をとっていました。
あるとき、山幸彦は兄の海幸彦に互いの道具の交換して使ってみようと提案、海幸彦は三度断わりましたが、少しの間だけ交換することにした。山幸彦は兄の釣針で魚を釣ろうとしたが1匹も釣れず、しかもその釣針を海の中になくしてしまいました。兄の海幸彦も獲物をとることができず、「山の獲物も海の獲物も、それぞれ自分の道具でなくては得られない」と言って、自分の道具を返してもらおうとしました。山幸彦が釣針をなくしたと告げると、海幸彦は無理やりに返せと責め立てました。山幸彦は自分の十拳劔から1000の釣針を作り償おうとしましたが、海幸彦は「やはり元の釣針を返せ」と、受け取りませんでした。

山幸彦が海辺で泣き悲しんでいると、塩椎神(しおつちのかみ。潮流の神)がやって来た。山幸彦が事情を話すと、塩椎神は早速竹を隙間無く編んだ小船を造り、山幸彦を乗せ、綿津見神(海神・わたつみ)の宮殿へ行くように言いました。
鮮斎永濯画譜 より 

「わだつみのいろこの宮 / 青木繁」の絵が描かれた青島海岸にあるモニュメント山幸彦が綿津見神の宮殿へ行き、桂の木に登っていると、そこに、海神の娘の豊玉毘売(トヨタマビメ)の侍女が水を汲みに外に出て来ました。(右写真参照)
山幸彦が水を求めたので、侍女が水を器に入れて差し出すと、山幸彦は水を飲まずに首にかけていた玉を口に含んでその器に吐き入れた。すると玉が器にくっついて侍女は玉をはずすことが出来なくなりました。侍女は玉のついたままの器を豊玉毘売(トヨタマビメ)に差し上げて、事情を話しました。

不思議に思って外に出た豊玉毘売(トヨタマビメ)は、山幸彦を見て一目惚れした。父である海神も外に出て、そこにいるのが天孫邇々芸命(ニニギノミコト)の子の山幸彦=火遠理命(ホオリノミコト)であると言い、すぐに豊玉毘売(トヨタマビメ)と結婚させた。こうして、海神の元で三年間暮した。

三年経ち、山幸彦は最初にここへ来た理由を思い出し、深いため息をつきました。海神がため息の理由を問うたので、事情を話しました。

それを聞いた海神は、海の魚たちをことごとく集め、釣針を持っている者はいないかと問うと、赤鯛の喉に骨がひかかり物を食べることが出来ないと悩みを訴えていることがわかり、海神がのどを探ったところ、釣針が見つかりました。海神は釣針と鹽盈珠(しおみちのたま)・鹽乾珠(しおひのたま)山幸彦に差し出し、「この釣針を兄に返す時には、『この釣針は、憂鬱になる釣針、気がいらいらする釣針、貧しくなる釣針、愚かなる釣針』と唱えて、手を後に回して渡しなさい。兄が高い土地に田を作ったらあなたは低い土地に、兄が低い土地に田を作ったらあなたは高い土地に田を作りなさい。兄が攻めて来たら鹽盈珠で溺れさせ、苦しんで許しを請うてきたら鹽乾珠で命を助けなさい」と言った。そして和邇(わに/鮫のこと)に乗せて送って差し上げた。

日向神話館にて 第十景 ヤマサチヒコ、ウミサチヒコを魔法のタマ(塩盈珠)を使い、苦しめる。 山幸彦は海神に言われた通りに、兄に釣針を返し、言われた通りに田を作った。海神が水を掌っているので、海幸彦の田には水が行き渡らず、海幸彦は貧しくなっていった。さらに海幸彦が荒々しい心を起こして攻めて来た。すると山幸彦は塩盈珠を出して溺れさせ、海幸彦が苦しんで許うと、塩乾珠を出して救った。これを繰り返して悩み苦しませると海幸彦は頭を下げて、山幸彦を昼夜お守りすると言った。

綿津見神の宮(海神国)山幸彦と結婚し、身ごもった豊玉毘売(トヨタマビメ)は、天孫の御子を海原で生むことは出来ないと考え、夫のいる陸にやってきました。
山幸彦豊玉毘売(トヨタマビメ)のために浜辺に産屋を作ろうとしたが、茅草がわりの鵜の羽を葺き終えないうちに産気づいたため、産屋に入った。豊玉毘売(トヨタマビメ)は、「他国の者は子を産む時には本来の姿になる。私も本来の姿で産もうと思うので、絶対に産屋の中を見ないように」と山幸彦に言う。

しかし、山幸彦はその言葉を不思議に思い産屋の中を覗いてしまう。そこに豊玉毘売(トヨタマビメ)が姿を変えた八尋和邇(やひろわに)が腹をつけて蛇のごとくうねっているのを見て恐れて逃げ出した。

豊玉毘売(トヨタマビメ)は火遠理命に覗かれたことを恥じて、生まれた子を置いて海に帰ってしまいます。
鵜の羽で屋根を葺き終わらないうちにお産まれになったお子は、鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)と名づけられました。

しかしその後、火遠理命(ホオオリノミコト)が覗いたことを恨みながらも、豊玉毘売(トヨタマビメ)は、残してきたわが子が気になり、御子を養育するために妹の 玉依毘売(タマヨリビメ)を遣わし、託した歌を差し上げ、互いに歌を詠み交わした。

古事記 歌碑この時の歌碑が、青島神社参道にあります。 (右写真)

豊玉毘売(トヨタマビメ)
赤玉は 緒(お)さへ光れど 白玉の 君が装(よそひ)し 貴くありけり
 「赤い玉は、それをつらぬく賭さえ光り輝き美しい。けれども、白い玉のように輝いていたあなたの貴いお姿も忘れられません」

 と、和歌を寄せられたのに対し、火遠理命(ホオリノミコト)は、こう返歌した。

沖つ鳥 鴨(かも)どく島に わが率寝(るね)し 妹(いも)は忘れじ 世のことごとに
「私が生きている限り、沖のカモメが寄り集う、あの遠い海神の宮殿で仲よく暮らした恋しい妻を、どうして忘れることができようか」

  カッコ内現代語は 古事記と日本の神々がわかる本 吉田邦博著 より   

玉依毘売(タマヨリビメ)は後に鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)の妻となって、五瀬命(イツセ)、稲飯命(イナヒ)、御毛沼命(ミケヌ)、若御毛沼命(ワカミケヌ)を産んだ。末子の若御毛沼命が、神倭伊波礼琵古命(カムヤマトイワレヒコノミコ、後の神武天皇)となる。

豊玉毘売(トヨタマビメ)の出産あたりから、舞台は、青島から日南市の鵜戸神宮となり、お乳岩などの伝承が残ります。

*右上の写真は、「わだつみのいろこの宮 / 青木繁」の絵が描かれた青島海岸にあるモニュメントです。 →  関連ブログ記事

青島と中秋の名月



日向神話館

下記は、青島神社参道にあります、日向神話館の展示物を撮影したものより、海幸山幸部分の一部を抜き出したものです。
日向神話館では、天照大神から神武天皇、大和平定まで海幸山幸をメインに12の名場面を30体のろう人形で紹介しています。
過去に書いた記事 →  青島の日向神話館
通常料金:大人600円 高・中400円 小学生300円 幼児は無料 
青島神社公式サイトに100円引き券(何名様でもOK)があるので探してみてください。(平成25年7月23日現在の情報)
日向神話館展示物より 海幸山幸部分の一部



-青島神社に関連するまつり-


青島裸参り

「成人の日」に神社の前の海で禊を行い、身を清めて神社に参拝を行う。
彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)(山幸彦)が神宮からご還幸された際、人々が衣類をまとう暇もなく裸の姿で取り急ぎお出迎えしたという古事よりはじまった祭りとされております。 関連ブログ記事→ 青島裸参り 
平成27年度は、1月12日です。 平成26年より前日夜には、青島神社境内で神楽祭も催されております。
青島 裸まいり

青島神社夏祭り「海を渡る祭礼」

(古来より行われている伝統行事 旧暦6月17・18日) 現在は7月下旬の土日、二日間行われています。
22・23歳の氏子青年が主催者となり、お神輿の渡御を行います。お神輿の渡御は古くから行なわれておりましたが、現在の「海上渡御」は、氏子漁民の発意で昭和23年から始まったとの事です。
青島神社夏祭り「海を渡る祭礼」

以下の動画は、平成25年7月27日〜28日に行われた夏祭「海を渡る祭礼」より、伝統ある祭りの見所の一つとも言える、クライマックス、青島神社への「お宮入り」の場面です。
「あばれ神輿」は、祭りが終わるのを惜しんで、境内で暴れを繰り返し、なかなか宮入りしようとしません。
「暴れ」は、神輿を大きく振ることによって、けがれを振り払い、五穀豊穣、疫病退散といった神様の恵みを地区のすみずみにまでふりまいているのとのことです。
紹介する映像は、最後のめでたく成就「お宮入り」の部分です。
PC描画/回線速度に余裕のある方は、全画面表示、1080pに設定を切替えてご覧ください。
Youtubeへアップロードした動画へリンク




青島神社の写真 


元宮付近の様子が、だいぶ変わってきましたので、以下は最近の写真に差し替えました。 
→ 過去掲載した写真は、こちらのページに移動。
 

参道 石灯篭 鬼の洗濯板 
青島神社 石灯籠青島神社 鬼の洗濯板 記念碑 説明板など青島神社 鬼の洗濯板と鳥居
石灯籠
 
鬼の洗濯板 記念碑 説明板など
 
鬼の洗濯板と鳥居
 

鬼の洗濯板と鳥居 
青島神社 鬼の洗濯板と鳥居 鳥居の反射を入れてみました。

鳥居 
青島神社 鳥居(形状は両部鳥居?)青島神社 鳥居青島神社 鳥居(神社側より)
鳥居(形状は両部鳥居?)
 
鳥居
 
鳥居(神社側より)
 
狛犬 一般的に、獅子・狛犬は向かって右側の獅子像が「阿形(あぎょう)」で口を開いており、左側の狛犬像が「吽形(うんぎょう)」で口を閉じ、古くは角を持っていた。、阿(あ)・吽(うん)の形は日本で多く見られる特徴であり、仁王像と同様、日本における仏教観を反映したものと考えられている。
鎌倉時代後期以降になると様式が簡略化されたものが出現しはじめ、昭和時代以降に作られた物は左右ともに角が無い物が多く、口の開き方以外に外見上の差異がなくなっている。これらは本来「獅子」と呼ぶべきものであるが、今日では両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多い。~wikipediaより一部抜粋引用~  
青島神社 狛犬(阿形)青島神社 狛犬(吽形)青島神社 参道 左に神話館 右に社務所など。
狛犬(阿形)
 
狛犬(吽形)
 
参道 左に神話館 右に社務所など。
 
御神木の アコウの木御神木と埴輪手水舎
御神木の「アコウの木」
 
御神木と埴輪
 
手水舎
 

青島神社参道
青島神社 参道 左手に手水舎青島神社 神門正面から青島神社 神門の扁額「鴨就宮」
参道 左手に手水舎
 
神門正面から
 
神門の扁額「鴨就宮」 
 

神門 扁額「鴨就宮」
青島は古くは淡島(あわしま)、歯朶の浮島(しだのうきしま)、鴨就島(かもつくしま)とも呼ばれていたそうです。
日向国青島総鎮守 鴨就宮 と書かれた扁額は、おそらく平成24年暮れ頃に掲げられたのではないかと思われます。
青島神社 神門

青島神社 朱塗りの鮮やで美しい社は、やはり青空がよく似合います。
青島神社

境内の様子
青島神社 境内にて向こうの門より奥宮へ青島神社 連休などは参拝者も多いです青島神社 境内から海
向こうの門より元宮へ
 
連休などは参拝者が多い
 
境内から海
 

拝殿前から ビロウ樹の繁る御成道(おなりみち)を通り、元宮(もとみや)へ

青島神社 連休などは参拝者も多いです青島神社 元宮へは、絵馬のかけられた中を行く青島神社 元宮
縁結び祈願?若い方が目立ちます
 
御成道入り口の絵馬のトンネル
 
青島神社元宮(もとみや)
 
元宮へと続く御成道
御成道(おなりみち) (文は 案内板より)
明治40年10月31日 大正天皇皇太子の御時、西国御巡幸の際、青島に御成りになり林中に玉歩を遊ばれた
その機に整備されたのが、御成道である 以降多くの皇族の御成りはあり
昭和24年6月5日には昭和天皇行幸、神社に御拝遊ばれ 植物および海産動物等の御研究に二時間半の長時間をお過ごしになられた
神門をくぐりビロウ林の中の御成道を辿ればまるで南の島の密林にいる心地がする 60mの奥には元宮が鎮座している。

青島神社 元宮(もとみや)

青島神社 元宮は青島の丁度中心部に位置青島神社 元宮全体青島神社 狛犬
元宮は青島の中心部に位置
 
元宮全体
 
元宮の狛犬
 
天の平瓮(あめのひらか)、磐境(いわさか・神の御座所)元宮の裏手には磐境(いわさか・神の御座所)があり、ここで平瓮(素焼きの皿)を願い事を小声で呟きながら投げ入れます。磐境の中に平瓮が入れば願い事が叶い、平瓮が割れれば開運厄払いになると言われています。~宮崎市観光協会サイト内説明文より引用~
青島神社 狛犬青島神社 天の平瓮(あめのひらか)青島神社 磐境(いわさか・神の御座所)
狛犬
 
天の平瓮(あめのひらか)
 
磐境(いわさか・神の御座所)
 
あまり知られておりませんが・・、元宮の左の狛犬には、守られるように子供がいます。 → 写真

真砂の貝文(まさごのかいぶみ)ここ青島は二千四百万年前の隆起海床に貝殻が堆積してできた島である。依って青島の別名を「真砂島」とも云う。古代万葉の人々は、和歌の中で「濱の真砂」と詠み、数多い貝殻の中から自分の心情に合った貝を探し、それに想いと願いを込めたものである。青島では、貝の中でも特に下の「タカラガイ」が 真砂 と呼ばれ大切にされてきた。神社前の浜辺にて真砂を探し、自身の想いと願いを込めてこの波状岩のお供え下さい。悠久の時を刻み続けるこの元宮の地であなたの想いは静かに息づくことでしょう。
  綿津見の 浜の真砂を数えつつ 君が千年の 在り数にせむ  / 青島神社 ~案内板より引用~

御霊木 夫婦蒲葵(ビロウ) ヤシ科亜熱帯系の常緑高木
蒲葵(ビロウ)は主に南九州海岸・沖縄列島に分布し3月〜4月に黄白色の花をつける。古く古事記に檳榔(倭名 アジマサ)と見られ、その葉は本島より宮中に献上され天皇や関白等の手車の屋根に用いられた。沖縄では「くば」と呼ばれ絶対的な神降り木として聖域である御嶽や拝所などに多く見られる。島内聖域には樹齢300〜500年の蒲葵(ビロウ)が約5000本繁茂している。なかでもこの蒲葵(ビロウ)は二本が仲睦まじく繋がり一つになっており夫婦木として和合・生産・繁栄・結び等の信仰厚く来られて来た。縁を求める多くの者が参拝し真摯に祈り結ばれる「愛の木」としても霊験あらたかな御霊木である。 / 青島神社社務所 〜現地案内板より引用〜

産霊紙縒(むすびこより)元宮左手の夫婦ビロウの木に、願い事によって色が異なる紙縒を結ぶと願いが叶うといわれています。~宮崎市観光協会サイト内説明文より引用~

以前は、このこのあたりは、元宮があるだけで、殆ど一般の参拝者は訪れず、元宮はひっそり厳かに鎮座しておりましたが、案内板、天の平瓮(あめのひらか)、真砂の貝文(まさごのかいぶみ)、産霊紙縒(むすびこより)等の整備・パワースポット・スピリチュアルブーム・県の「宮崎恋旅」PR、なども手伝ってでしょうか、近年は、元宮も参拝コースとなっており、多くの参拝客が訪れております。 

ミシュラングリーンガイドジャポンでも★★で掲載された青島、宮交のバスガイドさんも現地で読み合わせを行っておりました。
青島神社 真砂の貝文(まさごのかいぶみ)青島神社 産霊紙縒 夫婦ビロウの木青島神社 バスガイドさんが読み合わせ研修中?
真砂の貝文(まさごのかいぶみ)
 
産霊紙縒 夫婦ビロウの木
 
バスガイドさんが読み合わせ中?
 
青島神社のハートマーク 縁結びの神様、ハートのマークも多くあります。探してみてはいかがでしょう。→青島神社のハートマーク
青島神社 本殿のハートマーク青島神社 飾りにもハートマーク青島神社 夕日じゃないよーー朝日です。
本殿のハートマーク
 
飾りにもハートマーク
 
夕日じゃないよ〜(^^;)
 
青島神社 狛犬青島神社 狛犬青島神社 夕日じゃないよーー朝日です。
狛犬
 
狛犬
 
夕日じゃないよ〜朝日です(^^;)
 

宮崎県へのアクセス情報関連リンク・ニュース等の紹介
宮崎県へのアクセス情報関連リンク・ニュース等
宮崎の美しい花・神話ゆかりの場所などを紹介した動画の紹介
宮崎の美しい花・神話ゆかりの場所などを紹介した動画



日向神話 神々の系図


2005.03作成 - 2013.07 大幅写真入れ替え更新

-- 青島神社(あおしまじんじゃ) --


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宮崎県には良いところ・素晴らしい伝統・美味しいものがたくさんあります。
WEB(写真)では伝えきれません!

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