飫肥(おび)は伊東氏飫肥藩五万一千石の城下町
飫肥城下は飫肥藩五万一千石の城下として、明治時代から昭和30年代にかけても、日南市の政治・経済の中心地として栄えました。城下の形成は、天正15年(1587)に飫肥藩初代伊東祐兵が豊臣秀吉から飫肥を領地として与えられてから、本格的に建設が進んだと考えられています。
現代においても、江戸時代初めの絵図に描かれた街路がそのまま使用されています。城下は飫肥城の南に、三方を酒谷川に囲まれた東西850m、南北900mの範囲で、南北三街路、東西七街路で方形に区画されています。各武家屋敷は、飫肥石や玉石の石垣と生け垣に囲まれ、格式に応じた門を設けています。
飫肥の石高について
元和3年(1617年)2代将軍徳川秀忠より五万七千石を受けましたが、3代祐久が弟の祐豊に三千石を分与、4代祐由も弟の祐春に三千石を分与したため、以後の石高は五万一千石となりました。
飫肥城と大手門
飫肥城の大手門は昭和53年に復元されたもの。飫肥杉で造られた門は風格があり、城下町のシンボルとなっています。城内には飫肥城歴史資料館、小村寿太郎記念館、豫章館(よしょうかん)などがあります。
飫肥グルメ
飫肥名物といえばおび天と厚焼卵。おび天は魚のすり身に豆腐を混ぜて揚げた郷土料理で、食べ歩きにもぴったり。厚焼卵はプリンのように甘い卵焼きで、飫肥でしか味わえない独特の味です。
アクセス・基本情報
飫肥 アクセス情報
宮崎県日南市飫肥
JR日南線 飫肥駅下車 徒歩約15分
車:宮崎ICから約50分
食べあるき・町あるきマップ(有料)を各施設で販売しています。